
「なんであの時、言葉にしなかったんだろう」
そう思い返すたびに、心のどこかがチクっとする。
でも、その問いはいつも、自分のすぐ隣にいた。
言葉にならなかっただけで──ずっと、そこに。
気づいたのは、「消えたはずの感情」が戻ってきた日だった
日常のふとした瞬間に、胸がぎゅっとなる。
もう終わったと思っていたはずの出来事に、
なぜか、今さら涙が滲んでくる。
その時、気づいた。
あの時、何もなかったんじゃなかった。
ただ、「問いにできなかった」だけだったのだと。
問いは、見えないまま、あなたを守っていたのかもしれない
強く生きようとする時、人は自分の感情を置いていく。
「あれはもう終わった」「考えても意味がない」
そうやって、見えないふりをする。
でも問いは、消えていなかった。
静かに、あなたの隣にいて。
必要なタイミングで、そっと肩を叩いてくる。
それは「未熟」じゃなく、「構造が未完だった」だけ
問いが言葉にならなかったことを、
自分の弱さや、情けなさのせいにしていた。
けれど、そうじゃなかった。
その問いには、まだ“構造”がなかっただけなんだ。
構造がない問いは、まだ生まれていないだけ。
それでも、ちゃんと、あなたと生きている。
今、もしあなたの隣に“静けさ”があるなら
問いは、言葉になる前から、そばにいる。
あなたがまだ気づけない問いは、
静けさの中で、あなたを待っている。
聞こえない声で、問いかけてくる。
「そろそろ、行こうか?」と──。
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